東京工芸大学
見えない星
矢内美春 / 写真学科
毎日私たちの知らないところで、だれかが生まれ、だれかが亡くなっている。
「ある出来事の中に、どれだけの感情や時間がうずまいているのだろう?」と、ずっと疑問に思っていた。
例えば、私の疑問に大きな影響を及ぼしたのは、幼い頃の父の死。
私は見えない星を夜空に探すように、いつも、目に映る世界に父の姿を探していた。
父は報道カメラマンだった。
1990年6月、取材先の長崎県・雲仙普賢岳の噴火によって、彼は命を落とした。
巻き込まれたのは、報道関係者だけではなく、消防隊員や地元の方々。
雲仙に行くことは、父を知るために一番近い道のりだったが、怖く感じることでもあった。
私は成人を機に、「自分の目で確かめたい」と思い、3年生の夏、一人長崎に向かった。
そこで、地元の方の家で寝泊まりし、父が入院していた病院や普賢岳を訪れ、たくさんの人と、噴火してから20年が経過し、今までどんなことを考えて生きてきたのか、話し合った。
そこで、私は災害後のそれぞれの考え方や、現在がある事を知り、そして父を思えばいつでも、存在を身近に感じることができるのだと確信した。
私は4年間、父のカメラを使い続けていた。そのファインダーを通して、なにを写したかったのか。
写真を撮り、作品を見つめ、人と語らいながら、答えを探してきた。
2012年2月16日 矢内 美春
―この4年間の終止符として。