女子美術大学
帰途
小山由香理 / 絵画学科 洋画専攻
きっかけは、父が乗せてくれた車だった。
昔から父に車に乗せてもらい、2人で何処かへ出掛けることが多かった。
うみほたる・茨城・新柴又・三郷。
正直、私は車が大の苦手だ。いつも車酔いをして、乗っている時間は酷く憂鬱だった。
そして気を紛らわすために、なるべく車の外をよく観たりしていた。
だいたい帰るのは夕方で、群青色に染まっていく景色の中に車の赤・オレンジのライトの群れが
反対車線や遠くの橋の上で、ちかちか光っているのが心に強く残っている。
いつもより遠出をした時は、帰りに首都高向島線を通る。
高速の照明でオレンジ色に染まる中、車の赤・白のライトが帯をひきながら走り
向かい側である台東区のビル群の光を見ながら、乗っている車が走る。
私が大学に上がり2年になると、父の仕事場が町田になり
都合のいい日はよく相模大野の駅まで送ってくれた。
女子美祭の仕事で遅くなった時も、相模大野の駅で待ち合わせてよく一緒に帰った。
町田のICから東京に入るまで、私は車のライトの洪水に暫し見惚れ
そして首都高から向島線に入るまで、渋谷線や都心環状線周辺にあるビル群の夜景によく興奮していた。
それから1年後、3年目の女子美祭で初めて夜景をモチーフにした作品を作り始めた。
今回の夜景“帰途”は、墨田区側から視た浅草と墨田区の夜景を
LKカラー紙を使って切り絵にした作品である。
私が18年の間に見続けてきた、最も親しみがある夜景だ。
物心ついた頃、姉と父で浅草に遊びに行った帰り、東武伊勢崎線の電車内から視る。
小学校に上がって、父と散歩に浅草に行く。行きは歩きで帰りは電車、眠くなりながら視る。
中学になって、「都立が受かったら、この景色を毎日見ることになるんだ」とぼんやり思いながら視る。
高校2年生の冬、予備校で遅くなると偶に浅草の駅から母親にメールする。
「今浅草から出たよ!あと少しで帰るね~」
文末に、どんなヘンテコな絵文字を付けようか考えながら視る。
高校3年生、講師に作品をボロクソに叩かれて、予備校のトイレでベソかいた後
この夜景を視て帰ると家に帰るまでに気分が落ち着いて、親の前で平気な顔が出来るようになった。
感動だけでなく、今までの悲しみや喜びも共にしてきた夜景。
女子美術大学4年間と18年の集大成をここに展示します。