日韓の学生作品から見る、国を挙げたデザインへの取り組み
2011年3月10日から13日に「TETSUSON 2011」が横浜のBankART Studio NYKで開催されました。2000年にスタートした「TETSUSON」は、今年で11回目を迎えました。ゲスト審査員による公開審査の実施や、任天堂DSを用いた作品の音声ガイドの導入など、イベントを盛り上げる企画も年々レベルアップしています。
「TETSUSON」と他の卒業制作展の違いは、全ての運営を学生主体で行うこと、そして出展者を全国各地から募っていることです。さらなる特徴として、韓国から多数の学生が参加している点があげられます。今回も全体の約1/3を韓国の学生作品が占めています。近年、日本でもサムスンやLGエレクトロニクスなど、韓国メーカーの製品が人気を集めています。「TETSUSON」は、そんな韓国の勢いある学生作品を楽しめる貴重な機会です。
[ 温かみを感じる、日本の学生作品 ]
数名で結成されたグループ出展を含め、今年は66作品が展示されました。日本から45点、韓国から20点、ドイツから1点です。まず、日本の作品について振り返りたいと思います。
全体の印象としては、多くの作品から「温かみ」を感じました。それは単に色使いやフォルムからではなく、作品コンセプトから伝わる、人としての温かみです。強大なインパクトと存在感で惹き付けるデザインではなく、一人一人の心のドアを丁寧にノックして、ゆっくりと語りかけていく印象です。
例えば、宮谷直子さんの「u-hana ~誕生日のためのデザイン~」は、誕生日のために存在する花の作品です。365日の中でたった一日の誕生日。誕生日の始まりとともに蕾がふくらみ、やがて花が開き、一日の終わりには朽ち果てていきます。散りゆく儚さの中に「1日」の時間の価値を感じる作品です。「モノ」を贈るだけでなく、時間の大切さに気付く「きっかけ」をプレゼントする心温まるアイデアです。会期中に日本を東北関東大震災が襲ったこともあり、今後このように人を思いやるデザインの必要性を大いに感じました。
[ 急成長をとげる韓国のデザイン力 ]
続いて、韓国の作品について振り返ります。過去数年と比べ、着眼点の面白さやディティールの完成度から見て、作品のレベルが上がったと感じます。韓国のデザイン力が向上している背景には、国を挙げたデザイン力の強化があります。その動きの軸となっているのが韓国の首都ソウルです。
2006年にソウル市長に就任した呉世勳(オ・セフン)は、「デザインを通した暮らしの質や幸福感の向上」を目的にデザイン政策を掲げ、市長管轄のデザイン本部を設立しました。その後ソウル市を中心に、韓国におけるデザインへの取り組み方が変化していきます。
ソウル市は、国際産業デザイン団体協議会(ICSID)が主宰する「2010世界デザイン首都(WDC)」にも選ばれています。世界デザイン首都は、ICSIDが都市の発展におけるデザインの役割を伝えるため、2年ごとに世界各地の都市を対象とした国際コンペを実施し、選定しています。まずイタリアのトリノがモデル都市として選ばれ、2007年に行われた初の公式コンペを経て、ソウル市が「2010世界デザイン首都」に選ばれました。次の「2012世界デザイン首都」には、フィンランドの首都ヘルシンキが決定しています。デザイン大国と言えるイタリア、フィンランドに並んで韓国のソウルが選ばれたことからも、韓国デザインが世界的に高い評価を受け始めていることがわかります。
「TETSUSON」の展示作品でも、見る人を楽しませるウイットに富んだデザインが多く見られました。Lee Ho Suさんの作品「We live here!」は、蜂の巣をモチーフにした照明です。天井角のスペースを有効利用できないかと考え、建物の角に張り巡る蜂の巣から着想を得たデザインです。蜂が徐々に巣を作りあげるように、網目状のパーツを幾つも組み合わせて完成する照明です。照明としてのフォルムも面白いのですが、パーツ単体も洗練されたデザインに仕上がっています。パーツを一つずつ並べて見せる展示方法も効果的でした。
[ ソウル市のデザイナー支援 ]
現在の日本と韓国では、デザイナーを志す学生の数に対し、受け入れる企業側の需要が少ないのが実情です。そのため、フリーでの活動や小規模な企業形態で活動するデザイナーが増えており、韓国はこの層のサポートに力を入れています。
2008年にソウル市のデザイン政策の一環で「ソウルデザイン財団 / Seoul Design Foundation(SDC)」が設立され、個人デザイナーと中小企業に対し、コンサルティングやマーケティング、会社運営に関する支援などを行っています。またグローバルネットワークチームという部署では、海外市場の情報収集や情報提供の他、交流の機会も用意しています。SDCはソウルを4地域に分けて各センターを置いており、現在のスタッフ数は約100人。スタッフの半数はデザイナー出身、残りの半数はビジネス分野の出身です。その構成からも、ソウル市が「ビジネス」としてデザインに取り組む姿勢を感じます。
「TETSUSON」で日韓の学生作品を見ることで、その作風の違いを感じるだけでなく、国を挙げたデザインへの取り組み方を考察する機会にもなりました。日本は東北関東大震災の甚大な被害により、今後様々な困難に直面すると考えられます。デザインにお金をかけている場合ではない、となるかもしれません。しかし今だからこそ「デザイン」の必要性を打ち出し、日本におけるデザイン産業の立ち位置を確立することが、日本の復興や国際的な評価に繋がるのではないでしょうか。
参考:物学研究会「Korea Design Now 韓国デザインの今」
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